新たな社会的住宅事例集

【case10】NPO法人ハートウォーミングハウス

高齢者世帯の空き部屋を若者に提供

「ホームシェア」とは「次世代型下宿」とも呼ばれる。欧州から始まった取り組みで、通常は高齢者と若者の同居・交流による若者の定住促進の一助として行われているものだ。フランスでは「パリソルデール Le Paris Solidaire」などのボランティア団体が、高齢者が若者に自宅の一室を低家賃で提供する代わりに、若者はお年寄りの心の支えになるよう、高齢者と若者のマッチングを実施している。
日本でもNPOが先導し、行政の取り組みも始まって、高齢者世帯と若者のマッチングを行い、ホームシェアが実現しつつある。
高齢者世帯の空き部屋を若者に提供

【建物の状況】戸建て二世代住宅の2階に居住したまま1階を女性4名のシェアハウスに

「ホームシェア・シモキタ」は駅から徒歩7分、世田谷区の閑静な住宅街の2階建て。1970年頃に建てられた二世帯住宅で、1階と2階に別々の玄関口が設けられている。2階に住むN夫妻は、1階に住んでいた親がサービス付き高齢者住宅に転居後、その家賃をまかなうために通常の賃貸として貸し出していた。その後、2011年に親を看取り、相続を済ませたN氏に、1階を貸した外国人家族に家中を白ペンキで塗られてしまうというトラブルが発生した。

退去してもらったが、旧知の不動産業者から「築45年経っているので、大規模にリフォームしなければ次の入居者を集めるのは困難」と言われ、1階の修復と活用に悩んでいた。ちょうどその頃、一級建築士であるNPO法人ハートウォーミングハウス(以下、HWH)の園原一代氏(写真左)と知り合い、相談したところ、欧米には「ホームシェア」という活用例があることを紹介された。
N氏自身も「これまでのような不動産屋さんにまかせっきりの賃貸では管理が行き届かない、しかしこまごまとした管理まではやりきれない」と、HWHのサポートを受けながらホームシェアを試みることに決めた。

園原氏が提案したのは、1階を約9.7m2(6帖相当)の個室が4室+共同のリビングダイニング1室の女性専用シェアハウスとして運営すること。「ホームシェアは高齢者の空き室を有効に貸し出すことが目的ですので、多くのお金をかけて賃貸できるよう仕上げるのはHWHの本望ではありません。1年で返済できるようなリフォーム提案をしました」と園原氏。

工務店に頼んだリフォームは150万円以内に収め、自分たちでできることは自分たちでするとしてリフォームを開始。真っ白に塗られた部屋を、園原氏の提案で塗り直し、フローリングはN夫妻と園原氏で何日もかけてペンキの跡を拭き取った。
賃料は、夢や希望をもって上京してくる若い人を支援したいと、1室39,000〜40,000円/月(別途+共益費8,000円)と手頃な設定にし、女性限定4室の募集を開始した。シェアメイト(入居者)を女性限定にしたのは、N夫妻も娘をもつ立場であり、東京での親代わりとして安全に暮らさせてあげたいと考えたからだ。
【建物の状況】戸建て二世代住宅の2階に居住したまま1階を女性4名のシェアハウスに

【事業化の経緯】若者との“異文化交流”が楽しみ退去しても続く交流

2015年に「ホームシェア・シモキタ」として募集を開始。HWHを通じて早々に、1年間のワーキングホリデイで来日した台湾人と韓国人の20代女性の入居が決まった。「孫もめったに来ないので、若い人がそばにいると張り合いがあってよい。小さいながら庭もあるし、日本文化を教える機会もできた」とN氏。
外国人との交流に限らず、世代が離れた者の間で交流することも、現代では充分に“異文化間交流”だと感じているというN氏。木造住宅に住んだことのある若者が減っており、生活音の多少はやむなしとし、庭付きの家に住んだことがなくて掃除方法を知らなかったり、お正月にも親戚が集まる習慣がないという話など、そのたびに驚いているという。

現在は、日本人の20代女性4人で満室となっている。入居者の歓迎会や送別会は欠かさず、年末年始にも帰らない子がいれば2階に招き、一緒にお正月のおせちを囲むこともあるとN夫妻はいう。また「地方の親御さんからお中元やお歳暮が届くのもうれしい」と、家族ぐるみの交流も楽しんでいる。すでに帰国した最初のシェアメイトに会いに、近々、夫妻で台湾旅行に行くと楽しそうに話してくれた。
【事業化の経緯】若者との“異文化交流”が楽しみ退去しても続く交流

【事業の特長】NPOはオーナーの願いを尊重しながら守る立場豊富な経験で入居希望者をフィルタリング

このようなホームシェア事業を支援しているNPO法人HWHは、2006年に設立。国際的なホームシェア普及団体にも参加し、ノウハウをもつHWHが全面的にサポートを行っている。改修計画や入居者募集、シェアオーナー(大家)とシェアメイト(若者)の関係のアドバイスまで、継続的な支援を行っている。HWHは2011年に国交省の助成事業としてのホームシェア第一号をトライアルオープンさせてから、世田谷区にこれまで4軒のホームシェアを実現させてきた。

HWHの園原氏が最も気を配っているのは、シェアオーナーとシェアメイトの相性だという。ホームシェアの「シェア」という部分、安さだけに反応して問い合わせてくる若者もいる。応募者には、園原氏が直接面談して(スカイプ面談の場合もあるが)、あいさつができるか、共同生活ができるか、支払いができるか、住む目的などを問い、オーナーに会わせる前に一定のフィルタリングをしているとのことだ。

入居開始後も「電気のつけっぱなしはダメよ」「共用部がちらかっている」等々、オーナーに代わってときどき小言をいう寮母さん的な存在でもある。「何でもしてもらえると思っていたらダメ、共同生活のルールを決めて、最低限の片付けなどは自分たちでやるんだということをはっきりと伝える役目。またシェアする同居人の間でも一定のバランスをとることが運営のポイント」と園原氏はいう。

ホームシェア事業には、契約形態にも重要な配慮がある。ひとつは通常の賃貸借契約ではなく、1年ごとの定期借家契約としている点だ。再契約をして1年以上住み続けることもできるが、「オーナーにとってもシェアメイトにとってもあまり長く住み続けないほうがいい。ホームシェアをより多くの人に広げる意味でも、“3年以内”といった期限があるほうが望ましいと思っています」(園原氏)。

もしもオーナー側が問題を感じた場合は、半年前に通知して1年限りで解消することもできるような契約になっている。また、先の“小言”のように、園原氏がコーディネーターとしてホームシェアでの暮らし方に関して介入できるという文言も、定期借家契約書のなかに入れてある。
他方、HWHはオーナーとのサポート契約を結ぶ。ホームシェアにおけるコーディネーターの役割は非常に重要で、欧米ではホームシェアのシステムの一部として完成されているが、日本ではまだホームシェアそのものの馴染みが薄い段階だ。

【今後の展望】行政も乗り出したホームシェア事業民間による“共助”の好例に

園原氏はホームシェアを、「オーナー自身のライフスタイルの選択のひとつとして、事業化をすすめている」と話す。N氏もまた「私自身海外赴任経験もあり、いろいろな生活スタイルを見てきたのですが、園原さんと出会うまではホームシェアというものを知らなかったので、もっと知られることが重要だと思います。多くの人にいったん良さが知られれば、日本人はどっと動き出すようになる。私も子どもが巣立って広い一軒家に暮らしている友人たちに『お試しでいいから、一度やってみたら』と勧めています」と語ってくれた。「娘や息子、兄弟が反対するからと理屈をいう人がいるけれど、自分がそうしたいと強く思うかどうかだ」とも強調する。

学費の上昇で、上京する大学生や地方の家族の負担は昔に比べて非常に重くなっている現代。自身も奨学金を受け、大変さを経験しているN氏は「できるかぎり若い人たちを応援し、交流もしていきたい」と積極的に捉えている。支援されているのは、若者か、高齢者か。双方が支えあえている共助の関係ならそれこそが理想的だろう。

ホームシェア・シモキタ
所在地 東京都世田谷区北沢
最寄駅 小田急線「下北沢」駅より徒歩7分
住 戸 二階建て木造住宅(1970年頃築)
運営者 NPO法人ハートウォーミングハウス
HP http://www.hw-house.com/