新たな社会的住宅事例集

【case5】つくろいハウス

ハウジングファーストを実践する空室シェルター事業

生活に困窮して家を失った「ホームレス」。失業・家族と絶縁・病気や障がいなど、原因は様々だが、共通しているのは孤立無援であることだ。路上生活者にまず住まいを確保して、心から落ちつける場所をつくり、人間力の回復を支える。その活動はハウジングファーストと呼ばれる。欧米ではこの支援の導入により病気の重症化や緊急搬送が減り、医療費を大きく節約したとのデータもある。
ハウジングファーストの理念を日本でも常識にすべく、空室活用によるシェルター事業を展開しているのが、一般社団法人つくろい東京ファンドだ。
ハウジングファーストを実践する空室シェルター事業

【建物の状況】工事費高騰でアパート改装を断念福祉事業者に提供

大学院生時代から路上生活者支援活動に取り組み、湯浅誠氏とともにNPO法人自立生活サポートセンター・もやい(2001年設立)の設立メンバーとして知られる稲葉剛氏。対象を広げて生活困窮者への相談や、生活再建支援にも取り組み、2014年まで理事を務めた。
2009年には「住まいの貧困に取り組むネットワーク」を設立、2016年からは「ハウジングファースト東京プロジェクト」にも加わった。ホームレス状態にある人が「障がいがあっても安心して地域で暮らす」ことができるよう、医療・保健・福祉分野などの7団体でコンソーシアムを組んで、23区内を中心に支援活動を行っている。

2013年の年末、稲葉氏は、中野区のアパート8室を困っている人のために使って欲しいとの申し出を受けた。賃料は固定資産税分さえ出ればよいというオーナーK氏の空室提供を得て、稲葉氏は路上生活者のシェルター事業の立ち上げを決意。2014年8月「一般社団法人つくろい東京ファンド」を設立し、「つくろいハウス」として開所した。
建物は築50年近くを経過しており、一般の賃貸市場に出すには改装の工事費用が当時非常に高騰していた。K氏は大規模な改装を断念して、社会貢献のための活用に踏み切ったかたちだ。

【事業の特徴】障害があるからこそ個室の安らぎが必要支援は「ショートステイ(無償)」と「ステップハウス(有償)」の2種類を用意

運営方法は、つくろい東京ファンドがK氏より空き室を借り上げ、困っている人に部屋を貸すサブリース方式をとっている。ベーシックな室内のリフォームはK氏が実施。つくろい東京ファンドは、エアコンや冷蔵庫、炊飯器、カーテンなどの購入のためにクラウドファンディングを実施して調達した。
借り上げた4室のうち、1室は法人事務所(管理人室&支援相談ルーム)に使い、残り2K(3室)、1ルーム(1室)を個室シェルターとして提供している。2Kの部屋は定員2名で各室には鍵を付けており、台所・浴室・トイレは共同だが、プライバシーの確保された個室に住むことができるようになっている。

入居者は、区の社会福祉協議会やNPO経由でつながりのできたホームレスの人たち。つくろいハウスの事務所では、大学院生アルバイトで2名で週2回の個別面談等の支援を行っている。
利用システムは、発病など緊急的な避難が必要な人向けの、1〜2週間住むことのできる「ショートステイ利用(無料)」と、3ヶ月契約の「ステップハウス利用(有料)」の2種類を設定している。シェルターとしてより多くの人に利用してもらうため、利用は最長3ヶ月を限度とし、この間に生活保護申請を完了させて、次に一般のアパートに移れるように付き添い支援をしている。家賃は、就労している場合は3万円/月程度から、生活保護利用者ならば住宅扶助の上限額と設定している。
【事業の特徴】障害があるからこそ個室の安らぎが必要支援は「ショートステイ(無償)」と「ステップハウス(有償)」の2種類を用意

【事業の経過】入居者の8割がその後ホームレスを脱出就労支援と交流のためカフェ経営にも乗り出す

つくろいハウスは、2014年8月のオープンから2017年3月までに、延べ69名(実数66名)のホームレスを支援した。「ステップハウス利用」は39名、「ショートステイ利用」は30名にのぼっている。平均年齢は42.2歳、年齢層は20代〜80代までと幅も広い。
つくろいハウスの利用者のうち約80%が、その後は民間アパートに移って地域生活を始めている。退去後も、つくろい東京ファンドとのつながりを保つため、家庭訪問や鍋会などの機会を設けている。

2017年4月には、退去者にも居場所と就労場所をつくるため、つくろいハウスから約15分ほどの場所に、新たに「カフェ潮の路」をオープンさせた。1階のコーヒースタンド(週4日12〜15時)では元居住者が焙煎作業など時給1000円で働いているほか、無償ボランティア中心にまわしている2階のカフェ(火曜と木曜の週2日12〜17時)がある。カフェには元居住者や支援活動に関心のある若者の常連さんのほか、お客の4分の1程度は普通にランチを食べに訪れる近隣の人たちも加わり、地域との交流も育まれている。3階には、訪問看護ステーションKAZOCが事務所を構え、精神障害者を地域で支える仕組みづくりを試みて活動している。

【今後の展望】空き家が増えるなか物件は出つつあるが支援者の人件費は常に不足している

中野区のつくろいハウスの次は、ビッグイシュー基金と連携し、新宿区で一軒家を活用した「ふらっとハウス(定員1名、緊急用1室)」を開所した。豊島区ではNPO法人TENOHASHI(てのはし)と連携し、「ちはやハウス」、「しいなハウス」、「にしすがもハウス」計9室開所するなど、都内4区で合計23室を運営中だ(2017年12月現在)。住まいのない生活困窮者を受け入れるシェルターや借り上げアパートだけでなく、東京の高家賃に悩む若者向けのシェアハウスの運営も行なっている。

稲葉氏は、住宅支援として使える空き家は、個室タイプであることが必要条件だという。福祉事務所から紹介される民間のシェルター(悪質な貧困ビジネスであることも多い)の場合、ほとんど集団生活の施設を紹介されるため、結局対人トラブルなどが起きて、路上と施設を行ったり来たりしている人が多いのが現状だという。
「近年、ホームレス研究が進んでわかってきたのは、ホームレス状態にあった人は軽度の知的障害や、精神疾患などの問題を抱えている率が高いということです。精神疾患患者の場合、音に過敏で周囲の音に耐えきれないなど、相部屋での共同生活が難しい。このため空き家であっても、一軒家シェアハウスのような住居形態では、常駐の管理人なしでは生活させられません」(稲葉氏)。

このため、支援を広げるうえでの最大の悩みは常駐できるサポートスタッフの不足と、その人件費の問題ということになる。つくろい東京ファンドも余力がないので、いまのところ支援に出向いていけるエリアを限定して、中野区と豊島区を中心に徐々に部屋数を増やしながら、ハウジングファースト型の支援を着実に実践していこうとしている。

つくろいハウス(一般社団法人つくろい東京ファンド)
所在地 東京都中野区沼袋1丁目
最寄駅 西武新宿線「沼袋」駅より徒歩3分
住 戸 鉄筋コンクリート造4階建て(1966年頃築)
運営者 一般社団法人つくろい東京ファンド
HP http://tsukuroi.tokyo/