新たな社会的住宅事例集

【case9】笑恵館

地域のために残すべき、人の集まる“庭付きの家”

世田谷区で、空き家や自宅の空室を活用した居場所づくりを推進する「地域共生のいえ」がはじまったのは2005年。現在21ヵ所(2017年現在)が運営されている。オーナー自身が自宅の住み開きを始めた「笑恵館」もその流れのひとつとして生まれているが、起業支援活動家の松村拓也氏が参画し、(一社)日本土地資源協会が運営を担ってからは、単なるコミュニティハウスの意味合いを踏み出して、活動の枠を広げている。
地域のために残すべき、人の集まる“庭付きの家”

【建物の状況】生き生きと在宅で暮らし続けるために木造アパート付きの自宅を住み開き

敷地面積約120坪、1961年築の母屋と果樹の茂る庭、木造2階建てアパート一棟を併設した古き良き昭和の佇まい。画家であった父が建てた家に住み続け、夫は地方に赴任、娘たちも独立して一人暮らしとなったTさんの夢は、“住み慣れたこの場所で人生をまっとうすること”だった。そのためにグループリビングや多機能老人ホームなどさまざまな手だてを調べてみたが、土地の制約や資金面からなかなか実行に至らなかった。

そんな時期に近隣の民生委員の協力のもと、Tさんは自宅アパートの空室を利用して、子育てサロンや元気な高齢者のミニデイサービスを主宰。いわゆる“住み開き”を試してみたことで、母屋も開放し、ここを使うすべての人たちと緩やかな家族になることで、自分自身も生き生きと暮らし続けられるというビジョンを固めた。

オーナーが元気なうちだけの居場所づくり事業ではなく、敷地と家の切り売りを避けたい、次世代に引き継いでいけるようにするにはどうしたらいいか…そう考えたTさんは協力者を求め、世田谷区主催のソーシャルビジネス勉強会に参加、共同運営者となる松村拓也氏と出会った。
【建物の状況】生き生きと在宅で暮らし続けるために木造アパート付きの自宅を住み開き

【事業化の経緯】会員制コミュニティハウス「笑恵館」でみんながやりたいことにチャレンジ

「世田谷区は高齢者と子どものまち。趣味の教室もボランティアも、市民が何か始めようとすることはすべて“起業支援”といえばいい」という考えで、IID世田谷ものづくり学校初代校長も務めてきた松村氏。まず、Tさんと発足した「多世代型シェアハウス研究会」は、「オーナー主催のシェアハウス」という稀有なケースとして注目を集めた。2012年9月から月1回の食事会としてスタートし、翌年から「笑恵館ミーティング」と改称、地域交流の拠点づくりにシフトして、7月には会員組織「笑恵館クラブ」を生みだした。やがてメンバーの中からパン屋が名乗り出て、9月にプランが完成、Tさんによる断捨離と改修工事を経て、開業は2014年4月となった。

建物の改装にあたっては、Tさんはローンを組む意欲も満々であったが、経営リスクを負うべきではないと自己資金の範囲で可能なリフォームプランに留めさせたのは松村氏。研究会メンバーからも「ほっとできるこの家の雰囲気をまるごと生かしたい」との意見が多数を占めた。アパートのリフォームと母屋の耐震補強や改装、樹木の枝を払って出入りしやすくしたり、くつろげるウッドデッキを設けるなど、工事費約2500万円をTさんが用意した。

同時に庭の整備や壁の珪藻土塗りには会員も参加、「みんなの家をみんなでつくろう」と呼びかけて「笑恵債」を募集したところ、40口400万円が集まり、運転資金として活用することにした。
母屋は「笑恵館」と名付けられ、誰もが気軽に立ち寄れるようにと5坪のパン工房が入居。「いつでも営業していること」「地域の居場所としてキッチンと食堂は大切」という研究会の意見を具現化した。
他にふたつの集会室を開設。1階はシニアの女子会的ミニデイサービス、階段を上がった2階では子育て世代の交流イベントなどが主に開催されている。会員にはスペースの貸し出しも行っていて、教室やワークショップを開きたい人が安価で利用できる。会員が500名を越えている現在、ほぼ毎日何かしらのイベントが開催されている状況だ。2階の6帖二間にはオーナーTさん自身が住み、用途変更せずにすむ範囲内で行うことで、機能上は「個人住宅」であり続けることにもこだわった。

併設のアパートは1DKが6室。改装前は家賃5万円で空室が多いまま放置されていたが、現在は1DK+笑恵館の利用も含め6.8万円〜7.4万円に設定し、アパートの家賃収入は従前の2倍以上となっている。単身高齢者の入居OKで、自宅を整理して住み替えた60代女性もいる。うち2室はシェアオフィスとしても利用されている。
【事業化の経緯】会員制コミュニティハウス「笑恵館」でみんながやりたいことにチャレンジ

【今後の展望】“物件所有者の悩み”は究極の個人情報まずは悩みや願いを人に話せる場づくりから

松村氏とTさんは笑恵館のオープンに先立つ2012年、一般社団法人日本土地資源協会を設立。Tさんが遠方に嫁いで暮らす娘たちに、この家の維持や継承を託すのは酷だという考えを松村氏に伝えていたためだ。
「気心の知れたご近所とおつきあいしながら、住み慣れたまちで人生をまっとうしたい。その願いが実現したなら、土地や建物を子どもに相続するのではなく、私の後もそのまま利用、活用していただけるようにしたいと思っています」(笑恵館の案内パンフレットにも掲載されているTさんの願い)。
法人による事業継続を視野に入れ、2015年1月からは日本土地資源協会がTさんから全施設の所有権を丸ごと借り受ける「所有権賃貸」というかたちで運営している。

「いま笑恵館とアパート全体で、年間約600万円の収入があります。そこからTさんが負担した工事費用の原価消却や固定資産税分、私たち事務局スタッフの報酬、修繕費、消耗品、光熱費などをまかなうほか、近隣の会員の自宅を開放するサポート活動なども行っています」(松村氏)。
自宅をまちに開いて得た不動産収益を、まちのコミュニティをつなぎ、広げるための活動にすべて再投入しているかたちだ。笑恵館とは「非営利不動産事業」ということになる。

「周辺でも、老夫婦のみや高齢者のひとり住まいの家が増えています。空き家問題というより“空き家一歩手前”問題に対処していくことが必要だと思いますが、所有者が抱える悩みや土地の情報は究極の個人情報化しているので、プライバシーやセキュリティが優先される現代において、自分から開示して助けを求めたり、周囲が手を差し伸べたりができない。地域住民が顔を合わせて交流することから始め、いままで相談したことのない人たちと出会い、コミュニティを育むことによって初めて、悩みを打ち明けあえるようにもなると考えています」(松村氏)。

松村氏はそのようなコミュニティを「ソーシャル不動産クラブ」と捉え、笑恵館を実践のショーケースとしながら誰でもオープンに招き入れ、地域の“空き家一歩手前”所有者たちの孤立も解消、一緒になって土地資源の生かし方や保全・整備を考える仲間をつくっていこうとしている。さらに(一社)日本土地資源協会では世田谷区の住宅地に限らず、すでに放置や放棄が始まっている地域の土地、地方の山林などの扱いについても、その活用法やビジネスを考える地域の当事者を育てながら、新しい事業を創出することを活動の重要な柱に据えている。

「実際、笑恵館に遊びにきたTさんの長女が、『お母さん楽しそうだから、私が後を継ぎたいなあ』とつぶやくのを聞いたとき、これこそがあるべき土地資源の継承だと確信しました」(松村氏)。
もともと収入を生んでいなかった自宅の有効活用を考えるのであれば、『非営利不動産事業』という選択肢もありえるのではないか。Tさんも、以前は無償で行っていた掃除や庭の手入れを、管理人の業務報酬として受け取りつつ、“ゆるやかな家族”との交流を楽しみながら暮らしている。
【今後の展望】“物件所有者の悩み”は究極の個人情報まずは悩みや願いを人に話せる場づくりから

会員制みんなの家 笑恵館
所在地 東京都世田谷区砧6丁目
最寄駅 小田急線「祖師ケ谷大蔵」駅より徒歩4分
住 戸 二階建て木造住宅(1960年築、アパートは1975年築)
運営者 一般社団法人日本土地資源協会
HP http://shokeikan.com/